大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2566号 判決

控訴人 東洋テスター工業株式会社

右代表者代表取締役 出繩徳治

控訴人 横澤正雄

右両名訴訟代理人弁護士 小川恒治

同 中村光彦

同復代理人弁護士 高木肇

被控訴人 嶋田雄謙

右訴訟代理人弁護士 石田寅雄

同 中川浩治

同 亀岡宏

同復代理人弁護士 吉成重善

同 水川武司

同 藤井誠一

主文

1、原判決および本件手形判決を取り消す。

2、被控訴人の請求を棄却する。

3、被控訴人は、控訴人東洋テスター工業株式会社に対し、金六〇万円と、金一〇〇万円に対する昭和四三年八月一四日から同年八月二六日まで年六分の割合による金員、金六〇万円に対する同月二七日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

4、控訴人東洋テスター工業株式会社のその余の請求を棄却する。

5、訴訟費用は、第一、二審ともこれを五分し、その四を被控訴人、その余を控訴人らの負担とする。

6、この判決は、前記の3にかぎり、仮に執行することができる。

事実

(申立)

一、控訴人らは、「原判決(東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第六、二五五号事件判決)および手形判決(同裁判所同年(手ワ)第一、三一六号事件判決)を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

そして、当審における新請求として、「被控訴人は、控訴人東洋テスター工業株式会社(以下「控訴会社」という。)に対し、金一〇〇万円とこれに対する昭和四三年八月一四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。」との判決、および仮執行の宣言を求めた。

二、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

そして、控訴人の前記当審における新請求につき、請求棄却の判決を求めた。

(主張、証拠)≪省略≫

理由

一、被控訴人主張の請求原因事実は、当事者間に争いがない(手形判決一枚目表―記録四丁―以下、原判決一枚目裏―記録一六丁―以下参照)。

この事実によれば、控訴人らは、被控訴人に対し、各自、金一〇〇万円とこれに対する昭和四二年一一月六日から完済まで年六分の割合による利息を支払う義務を負担することが明らかである。

控訴人らは本件手形は昭和四二年四月二一日迄の間に支払済である。仮に然らずとするも、本件手形は割引依頼手形で控訴会社は被控訴人からその割引金の交付を受けていないと抗弁するが、これらの抗弁事実を認めるに足る証拠はない。

二、≪証拠省略≫によれば、控訴会社は、昭和三四、五年頃から、被控訴人に控訴会社振出の約束手形の割引を依頼し、割引金を取得することにより被控訴人から融資を得ていたこと、さらに昭和三九年頃からは、満期に被控訴人から額面金額相当の決済資金の交付を受ける旨の約束のもとに、控訴会社振出の約束手形を被控訴人に交付し、この手形を被控訴人が他で割引くという方法により、被控訴人に金融の便を与えていたこと、別紙控訴人らの主張の二に記載の1、2、4ないし10の各手形は、控訴会社が前記の割引依頼のためないし被控訴人に金融の便を与えるために、被控訴人に交付したものであること、控訴会社は、右手形のうち、少くとも2の額面金五五万円、4の額面金一〇〇万円、6の額面金八〇万円、7の額面金五〇万円、8の額面金四〇万円、10の額面金一〇〇万円の合計金四二五万円を下らない金員を、右各手形金の支払として手形所持人に交付したが、被控訴人からは右手形の決済資金の交付を受けていないこと、また控訴人横沢は昭和四二年四月二一日控訴会社の代表取締役を辞任したが、その当時において、控訴会社が前記の割引依頼を含め被控訴人に対し負担する債務は金一三万一、三〇〇円にとどまっていること、そして、その後において、控訴会社が被控訴人に対し新たに債務を負担した事実はないこと、

以上の事実を認めることができる。

≪証拠判断省略≫

右の事実によれば、控訴会社は割引依頼のためないし被控訴人に金融を得させる目的で前記の手形を振り出したところ、被控訴人は約束に反して右手形の決済資金を控訴会社に交付しなかったため、控訴会社は自己の資金で右の決済をすることを余儀なくされ、この資金として少くとも金四二五万円を支出したのに対し、控訴会社が前記割引依頼等により被控訴人に対し負担する債務は金一三万一、三〇〇円であるというのであるから、控訴会社は、被控訴人に対し、前記手形のうち割引依頼をしたものについては被控訴人において受領した割引金の引渡を、また被控訴人に金融を得させる目的で交付したものについてはその決済資金の交付を、それぞれ請求する権利を有することが明らかである。もっとも、本件においては、控訴会社振出の前記手形のうち、いずれが割引依頼のためのものであり、いずれが被控訴人に金融を得させるためのものであるかを確定することができない。しかし、この点は別として、控訴会社が前記振出した手形を決済するため支出した資金と被控訴人に対し負担する債務が前記の額であることが認められる本件においては、控訴会社が、被控訴人に対し、前記一で認定した金一〇〇万円とこれに対する昭和四二年一一月六日から同四三年四月二三日(後記相殺の意思表示のなされた日)まで年六分の割合による金員をこえる金員を請求する権利(割引金引渡請求権ないし手形決済資金請求権)を有すること及び右請求権の弁済期はおそくとも昭和四二年一一月六日には到来していることは疑問の余地がない。

三、そして、本件記録(原審第一回口頭弁論調書)によれば、控訴会社が、昭和四三年四月二三日午後二時三〇分の右口頭弁論期日において、控訴会社の被控訴人に対する右請求権を自働債権とし、前記の一で認定した本件手形債権を受働債権として、相殺の意思表示をしたことが認められる。

してみれば、控訴人両名の被控訴人に対する本件手形債務は右の相殺により相殺適状の生じた昭和四二年一一月六日に遡り消滅に帰したことが明らかであるから、控訴人両名に対し本件手形金の支払を求める被控訴人の本訴請求は、失当としてこれを棄却すべきである。

四、以上のとおりであって、原判決は右と結論を異にするので、原判決を取り消し、被控訴人の各請求を棄却することとする。

(民事訴訟法第一九八条第二項の請求について)。

五、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は原判決の認可した手形判決の仮執行宣言に基づく仮執行として、控訴会社が本件手形(甲第一号証の一)の不渡処分を免れるため第三債務者三菱銀行神田支店に預託した金一〇〇万円の返還請求権を執行の目的物として、債権差押ならびに転付命令の申請をし債権差押ならびに転付命令がなされたところ、右執行の目的物に対しては、すでに株式会社岡本商店(以下単に岡本商店という。)から申請された債権差押・取立命令および債権仮差押命令に基づく執行がなされており、いわゆる差押競合の状態になっていて右転付命令は無効であったこと、そこで被控訴人の代理人と岡本商店の代理人とで協議した結果、岡本商店は前記の各申請を取り下げ、被控訴人が前記仮執行宣言に基づき前記執行の目的物である債権につき再度債権転付命令を申請することとしたこと、この申請に基づき、昭和四三年八月九日前記の執行の目的物である債権を被控訴人に転付する旨の命令が発せられ、この命令は昭和四三年八月一二日に第三債務者である三菱銀行神田支店に、同月一三日債務者である控訴会社にそれぞれ送達されたこと、そして、被控訴人が右の転付命令により転付を受けた金一〇〇万円のうち金四〇万円は被控訴人と岡本商店との合意により岡本商店の控訴会社に対する債権の弁済に充当するため同年八月二六日被控訴人から岡本商店に交付されたことを認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被控訴人は、前記の本件仮執行により控訴会社から金一〇〇万円の交付を受けたものにほかならないから、民事訴訟法第一九八条第二項に基づく仮執行の原状回復義務として被控訴人は控訴会社に対し右金一〇〇万円とこれに対する前記転付命令が効力を生じた日の翌日である昭和四三年八月一四日から完済まで年六分の割合による遅延損害金を控訴会社に支払う義務がある。被控訴人は本件仮執行により取得したのは金六〇万円にすぎないと主張するが、転付された債権額が金一〇〇万円であることは前記認定のとおりであり、被控訴人は右転付を受けた金員のうち金四〇万円を岡本商店との合意により岡本商店の控訴会社に対する債権の弁済に充当するため任意これを右商店に交付したにすぎないのであるから、被控訴人の右主張は失当である。なお、被控訴人が前記金一〇〇万円の債権の転付を受けたのは前記のとおりであるから、控訴会社がこの事実を主張できるのは当然であり、仮に被控訴人主張のように、債権差押・転付命令申請ないし決定およびその送達につき控訴会社から異議申立がなされなかった事実があるとしても、このことはなんら控訴会社が当審において前記の主張をする妨げとなるものではないから、別紙被控訴人の主張の三の(四)も失当である。

六、しかしながら、≪証拠省略≫によれば、岡本商店は、被控訴人から交付を受けた前記金四〇万円を昭和四三年八月二六日同商店の控訴会社に対する債権の弁済に充当したことが認められる。

以上認定の事実によれば被控訴人は第三者として自己の出捐により控訴会社の岡本商店に対する債務を弁済したものというべく、反証のない本件においては、右第三者弁済は債務者たる控訴会社の意思に反しなかったものと推認すべきである。従って右第三者弁済は有効であって、控訴会社はこれにより岡本商店に対し金四〇万円の限度において債務を免れたことになるから、被控訴人は控訴会社に対し金四〇万円の求償債権を取得したことが明らかである。

そして、記録によれば、被控訴人が昭和四六年一一月二五日午後一時の当審第二〇回口頭弁論期日において、右の求償債権を自働債権とし、前記仮執行の原状回復請求権を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をしたことが認められる。

してみれば、控訴会社の被控訴人に対する右原状回復請求権は、相殺適状が生じた日である昭和四三年八月二六日に遡って金四〇万円の範囲において消滅したことが明らかである。

七、以上のとおりであるから、控訴会社が当審において新たに請求した原状回復請求は、金六〇万円と、金一〇〇万円に対する昭和四三年八月一四日から相殺の効力が生じた同年八月二六日まで、金六〇万円に対する翌二七日から完済まで、それぞれ年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので認容すべく、その余は失当であるから棄却すべきである。

八、よって、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第九六条、第一九六条、第一九八条、第三八六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久利馨 裁判官 栗山忍 舘忠彦)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例